春日神社・八剱社について
創建は古く詳しくは知ることができないが、その昔、天津児屋根命は大明神山に、武甕槌命は鹿島に経津主命は古宮に、姫大神は古春日と高浜の各地にそれぞれご鎮座されていた。
この四柱の神様を古春日の地に合祀し、春日大明神と称した。
室町時代の永正年中(1504年から1520年)に鎮座の地を今の大山に移して地名を春日と称し、前の地を古春日と改称した。当社の神領は近郷まれに見る広大なる地域を有し、その昔、神鹿を放飼していたと伝わる。江戸時代には境外にも2町歩近い神領もあり、社勢の隆盛を知ることができる。
由緒書には天正10年に武運を祈り徳川家康公もご参拝されたと記録が残り、その時奉納された古榊も当社に残されている。
花山院家第26代当主の花山院長熙も当社への崇敬が篤く宝暦年中の当社社殿修復に際し、御修理料として金三百両を奉納された。また藩主の土井利徳は、その祖で仙台藩主で風流人の伊達網宗が鍛えた刀を一振り奉納し、自らも和歌を奉納しており崇敬の篤さがうかがえる。
江戸時代の天保5年からの高浜地区の祭事記録である『御祭事略記』には、雨乞い祈願や御礼、上棟式、遷宮の際に馬と獅子が奉納されていたことが記録に残っている。
当時から氏子のみならず広く崇敬が篤かったことが推察される。
明治5年10月14日村社に列し、大正元年11月15日北浦鎮座の若宮神社(祭神 天押雲命、保食神)を、同2年11月7日字県鎮座の県社(祭神 吉備臣建日子命)を、同7年9月28日字県の秋葉社を合祀する。昭和15年9月5日郷社に昇格した。
昭和32年4月4日、高浜町神明にあった神明社(祭神 姫大神)を合祀。
昭和49年10月2日、高浜市田戸町洲崎にあった高浜下の氏神である八剱社(祭神 日本武尊)に産業道路がかかった為、当社境内地に遷座された。
春日神社は“馬の神様”をお祀りする神社

春日神社では、古くから 馬の守護神として信仰されてきた保食命(うけもちのかみ) をお祀りしています。保食命は五穀豊穣の神であると同時に、農耕・運搬・戦に欠かせなかった 馬の健康・安全を守る神 として全国で厚く信仰されてきました。
高浜の春日神社でもこの信仰が色濃く残り、
「馬の神様」「うま年の守り神」 として地域の方々に親しまれています。
- 馬に関わるお仕事の方
- 乗馬や競馬に関わる方
- うま年生まれの方
- 家族の健康や仕事の安全を祈る方
こうした方々が特に参拝される、地域でも珍しい“馬の神社”です。
例祭 高浜おまんと祭り

おまんと祭りは、ハッピに地下足袋姿の若者が、疾走する馬に飛びつき人馬一体となって駆け回る勇壮な祭りです。
高浜おまんと祭りの歴史は200年以上と古く、1803年(享保3年)の「高浜村祭礼之由来」に、雨乞い祈願や遷宮などの記念行事の際に奉納されたことが記載されています。
高浜や東浦・西尾・刈谷・碧南・大府・半田などの衣浦湾沿岸地域でも広く「おまんと」は奉納されていますが、高浜の「おまんと」はその中でも、規模と若衆の意気において近郷に名高く、祭礼時には多くの参詣者を集めています。